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高知地方裁判所 昭和46年(ワ)359号 判決 1975年1月20日

主文

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、原告ら 「被告らは連帯して、別紙損害金目録記載の各原告に対し、同目録記載の各金員およびこれに対する昭和四六年五月二六日より完済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告らの連帯負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言

二、被告ら--主文一、二項同旨の判決

第二、請求原因

一、訴外株式会社マサキタクシー(以下単に訴外会社という)は乗用自動車九台を保有し、運転手として原告全員および被告A、同Bを除くその余の被告全員を雇用して、一般乗用旅客自動車運送事業を営んでいた。

二、被告Aは高知県ハイヤータクシー労働組合中央執行委員長、被告Bは同組合書記長、その余の被告らは同組合の組合員で、同組合の下部組織として、北支部正木分会(以下単に分会という)を結成していたものであり、原告らは右組合に所属せず、別にマサキタクシー従業員労働組合を結成していた。

三、訴外会社は昭和四六年四月三日被告Cを、同被告が同年三月二九日運転手として勤務中、乗客から受け取つた運賃の一部を会社に納入せず、不正に領得したことを理由に解雇したところ、同被告がたまたま右分会の分会長でもあつたため、同組合は右解雇を不当として、同年五月二日から同月一五日まで継続してストライキを行つた。

四、右ストライキは、単に所属組合員である従業員の労務不提供や、原告らに対する平和的説得の範囲を越え、訴外会社の車庫および営業用車両に対する占有を排除してこれを奪取し、連日にわたる訴外会社の自動車の返還要求や、原告らの就労要求にも応ぜず、終始原告ら非スト従業員の働く権利を侵害する違法行為を継続した。即ち全車両を車庫の奥深く密接して並べ、その車両間を鎖で連結し、その手前の入口近くには被告らスト組合員の自家用車を横に並べ、空地にはムシロを敷いて座り込み、更に車庫入口にはブロツクを並べたり、スト表示板や赤旗を林立させ、その間をロープで結び、なおその外側入口に沿つた道路上にスト組合員の自家用車を横に連ねて、二重三重のバリケードや人垣を作り、金社管理者や原告らがその間隙を縫つて入ろうとすると、これを多衆の実力で押し返すなどして、完全に営業車両に対する訴外会社の占有を奪つて、原告らの就労を不可能ならしめた。

五、そのため原告らは五月二日から同月一五日までの間就労できず、別紙損害額算定表記載のとおりの得べかりし利益を喪失した。

六、よつて原告らは、前記違法行為の実行者である被告らに対し、共同の不法行為による損害の連帯賠償および右損害金に対する不法行為で、訴外会社の給料支払日の翌日である昭和四六年五月二六日より完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第三、被告らの答弁

一、請求原因第一、二項の事実は認める。

二、同第三項の事業中、被告Cがその主張の日訴外会社より原告ら主張の理由のもとに解雇の意思表示をうけたこと、同被告が分会の分会長であること、被告らが昭和四六年五月二から同月一五日までストライキを行つたことは認めるが、その余の事業は否認する。

三、同第四項の事実中、被告らが営業用車両を車庫内に格納し、その余の空地にムシロを敷いて座り込み、車庫前にスト表示板や赤旗を掲起したことは認めるが、その余の事実は否認する。

四、同第五項の事実は否認する。

第四、被告らの主張

一、本件争議の経過は次のとおりである。

1  被告組合は昭和四〇年九月二八日に結成された高知県内のハイヤー・タクシー産業労働者の個人加盟による労働組合で、その下部組織として、加盟組合員の企業毎に分会を設け、分会では分会長ほか分会執行部を選出して、日常の組合活動を行つていた。

2  訴外会社においても、昭和四三年三月一五日同会社の従業員中八名が被告組合に加入し、分会を設けた。その後分会は活発な組合活動を行ない、退職金規定の成立、ユニオンシヨツプ制を含む労働協約の締結等幾多の成果をあげ、昭和四五年四月一五日頃には試用期間中の者一名を除き、二〇名の全従業員が組合員となつた。

3  ところが昭和四五年一〇月一〇日訴外会社の代表者がそれまでのDからEにかわるや、E社長は組合を極端に嫌忌し、労使慣行をふみにじつて労働強化につとめ、公然と組合を非難中傷し、労働協約を無視する態度をあらわに示した。そして昭和四五年九月に選出された原告F分会長、同G書記長に対し、個別に工作ないし攻撃を加え、同人らがE社長に対し協賛的態度をとりだすに至つたため、分会員から右分会長、書記長らに批判が続出し、ついに原告Fらは昭和四六年二月辞任し、代つて被告Cが同月二四日分会長に選出された。

4  分会の弱体化の企図がこのように挫折するに及んで、E社長はますます露骨に分会の団結破壊をたくらみ、なかでも新しく分会長に選出された被告Cに対しその攻撃の的を定め、ついに昭和四六年四月三日訴外会社は強引に事実をねつ造して、同被告を解雇した。

5  その解雇理由は、被告Cがタクシー料金の一部を横領したというのであるが、右は昭和四六年三月二九日同被告が女客を高知空港に送り届けた際、女客から包物を高知市内のホテルに届けることを依頼され、高知空港までのタクシー料金九七〇円を含めて二、〇〇〇円を渡されたので、一、〇〇〇円余はそのためのチツプと考えて会社に納入しなかつたところ、訴外会社はこれをもつてタクシー料金の横領としたのである。

6  この暴挙に対し、分会は憤激し、E社長に抗議を申し入れるとともに、同年四月六日高知地方労働委会に対しあつせんの申立をしたところ、同委員会はこれをいれて、訴外会社に対し解雇撤回を勧告したため、E社長は窮地に陥り、地労委に対し解雇の撤回に応じるかのようなそぶりを示していたが、その一方で分会の分裂工作を行ない、ついに同年四月一五日前分会長の原告F、同書記長の原告Gを中心として、原告らが分会を脱退し、新たにマサキタクシー従業員労働組合を結成するに至つた。原告らの脱退をみるや、E社長は解雇撤回の態度をひるがえし、再び高圧的な姿勢に出た。そこで分会は度重なる会社側の不当労働行為に憤激して、被告Cの解雇撤回を求めて、同年五月二日本件争議に入つたものである。

二、原告らは本件スト期間中、就労の不可能により賃金相当額の損害を蒙つたと主張するが、原告らは訴外会社に対する右期間中の賃金請求権を失つていないから、原告ら主張の損害の発生はない。すなわち本件のような一部ストにおいて、被告らのピケにより原告らの就労が妨げられた場合、原告らの訴外会社に対する賃金請求権の存否は、ピケの合法、違法を問わず、民法五三六条によつて決定されるところ、本件ストは、訴外会社が被告Cを前記のとおり不当に解雇したことにより惹起されたもので、訴外会社の責に帰すべき事由によるものであることが明らかであるから、訴外会社は同条二項により原告らに対し賃金支払義務を免れないのである(のみならず原告らはすでに訴外会社よりスト期間中の賃金相当額の金員を受領しているから、その主張のような利益の喪失はない)。

三、仮りに訴外会社に賃金支払義務がないとしても、前記事情のもとでは、訴外会社は原告らに対し労働基準法二六条に基づき就労不能による休業手当を支払う義務のあることが明らかであるから、原告らは賃金全額を損害として被告らに請求することは許されない。

四、被告らが原告に対し損害賠償責任のないことは右のとおりであるが、直接第三者に損害を加えることを目的とした争議行為の場合には、第三者に対し賠償責任を負うとの見解もあるので、その点に関して本件争議行為の正当性(原告らに対する加害目的の有無)について述べる。

本件ストライキは前記のとおり被告Cに対する不当な解雇の撤回を求めてなされたもので、明らかに使用者に対する要求の貫徹を目指しており、原告らに対する加害目的は少しもない。

また本件ピケについていえば、その態様は、営業車を車庫にできるだけつめて格納し、車庫前に組合員らの職場占拠の場所を確保して座り込みをなし、支援組合員の乗つてきた自動車が路上に二、三台駐車しており、就労要求にきた原告らに対しては、スクラムを組んで二、三回もめたことがあつたにとどまる。これに対し原告らの就労要求は、社長が先頭に立ち、社長に命令されて原告らが二、三回形式的に就労要求をなしたにすぎない。チエーンで二台の営業車がつながれていた事実がうかがえるが、このことが原接原告らの就業を妨げたとは認められない。一方原告らは本件ストの半月前までは被告らと同じ分会の組合員、原告F、同Gの両名はその分会長、書記長の要職にあつたもので、本件スト直前いずれも組合を脱退して第二組合を結成し、労働者の団結権を侵害した者であり、かつ社長にそそのかされてピケ破りにかり出されたものであるから、実質においてスト破り労働者というべく、被告らとしてはスト防衛上原告らに対し最高のピケを張らざるをえなかつたのである。のみならずタクシー営業は交替勤務制で、原告ら全員が裏番の勤務であつたので、単なるウオーク・アウトのストライキでは必らず営業が継続され、また原告らの第二組合づくりはそれを狙つたものであることがはつきりしていたため、被告らとしてはストライキの実功確保のためやむをえずとつた措置であつて、本件ピケも原告らに対する加害目的はなかつたのである。

従つて本件ストあるいはピケのため原告らが就労しえなかつたとしても、被告らに対し損害の賠償請求をなしえないことは明らかである。

第五、被告らの主張に対する原告らの反論

スト不参加者が労務を提供しようとしたにもかかわらず、ストによりその就労が不能となつた場合は、争議行為の適法、違法を問わず、これらスト不参加者の賃金については、使用者は民法五三六条一項により賃金支払義務を免れるとする見解が多数説であり、これに反し同条二項の適用があるとする被告らの主張は失当である。

第六、立証(省略)

理由

一、請求原因第一、二項の事実は当事者間に争いがない。

二、訴外会社が昭和四六年四月三日、被告Cをタクシー料金の一部横領の廉で解雇したところ、被告組合は右解雇を不当とし、その撤回を求めて、同年五月二日より同月一五日まで継続してストライキを行なつたことは当事者間に争いがなく、被写体については争いがなく、その余の部分については証人Eの証言により成立の真正が認められる甲六号証の一ないし一九、同証言により成立の真正が認められる甲七号証の一ないし四、証人E、同Hの各証言、原告I、被告B各本人尋問の結果(但しいずれも後期認定に反する部分を除く)によれば、被告らは右争議行為に際し、訴外会社の全営業車九台を車庫に格納(車庫の向つて右側に奥より入口にかけて四台を横にして並べ、その左側に一台を縦におき、更にその左側に三台を奥より入口にかけて横にして並べ、その左側に一台を斜めにして格納)し、うち入口に最も近い二台を鎖で連結し、その手前の更に入口近くにスト組合員の自家用車一台をおき、その左隣りにムシロを敷いて座り込んだため原告らは営業車の使用を阻まれて、就労が不可能となつたことが認められる。

三、原告らは、被告らの右妨害によりスト期間中の得べかりし賃金を喪失したとしてこれが賠償を求め、被告らはこれに対し、被告らのストライキによつて原告らの就労が不能となつたとしても、原告らは訴外会社に対し右スト期間中の賃金請求権を有するものであるから、原告らに損害の発生はないと主張するので、この点について判断する。

(一)  企業内に二つの労働組合が併存し、第一組合がストを行つたとき、ストに参加しない第二組合員が第一組合員のピケに阻まれて、就労が事実上不能となつた場合における第二組合員の賃金については、使用者は民法五三六条一項によりその支払義務を免れるとする説がある。

しかしいわゆる政治ストなど使用者の解決しえない事項を要求する場合は別として、ストライキが使用者の経営政策上の理由に基づいてなされた場合には、右ストは使用者の支配領域内に生じた障害で、使用者において一般的に除去しえないものでではないから、これをもつて使用者の責に帰すべき事由による(民法五三六条二項)のものと認めるのが相当である。

そして第二組合員の就労不能の直接の原因が、第一組合員のピケに阻まれたことにあつたしても、右ピケがストの一環として行われたものである以上、右と別異に解する必要はない。

(二)  これを本件についてみるに、公署作成部分については成立に争いがなく、その余の部分については証人Eの証言により成立の真正が認められる甲三、四号証の各一、同証言により成立の真正が認められる同号証の各二、弁論の全趣旨により成立の真正が認められる甲九号証、成立、原本の存在につき争いのない甲二四号証の一、二、二五号証、二八号証、二九号証の一、二、乙一〇、一一号証、一五ないし一七号証、成立に争いのない乙六、七号証、証人E、同Hの各証言、原告I、被告B、同J各本人尋問の結果(但しいずれも後記認定に反する部分を除く)によると、本件争議に至る経過は次のとおりであることが認められる。

被告組合は昭和四〇年九月二八日に結成された高知県内のハイヤー・タクシー産業労働者の個人加盟による労働組合で、その下部組織として、加盟組合員の企業毎に分会を設けていたところ、訴外会社においても昭和四三年三月一五日同会社の従業員中八名が被告組合に加入し、被告組合正木分会が結成された。同分会は労働条件の改善のため組合活動を行ない、昭和四四年二月一日には訴外会社との間にユニオンシヨツプ制を労働協約を締結し、昭和四五年四月一五日頃には訴外会社の従業員のうち試用期間中の者一名を除いた他の全員が被告組合の組合員となつた。

ところが昭和四五年一〇月一〇日訴外会社の代表者がDからEにかわると、右Eは、従業員が隔日勤務で二班に分れ、別個のグループをなしており、同年九月に分会長、書記長に選出された原告F、同Gが一方の班に所属していたので、同原告らの班の者を懐柔することにより分会を弱体化しようとし、右原告らに働きかけ、同原告らはこれにより訴外会社に対し協調的となつた。そのため同原告らは他の分会員と意見を異にするようになり、昭和四六年二月右役員を辞任し、同月二四日被告Cが分会長に選出された。

このような状勢のもとに、Eは被告Cにタクシー料金不正領得の疑があるとして同年三月二七日北九州市ハイヤー・タクシー経営者協議会の専務理事であるKに対し、その対策を相談し、同人からモニターを使用して右不正領得の事実を探索することを教えられ、翌二八日高知市内の竹松ホテルで角および同人がモニターとして同道してきた北九州市のホステスLと会合し、モニターの方法を打合わせた。翌二九日三村は右打合わせた方針どおり被告C運転のタクシーに乗り込み、高知空港まで行くことを指示し、途中買物をし、空港で下車する際、被告Cに右買物包みを松竹ホテル三〇七号室に届けることを依頼し、同被告に対し空港までのタクシー代九三〇円を含め二、〇〇〇円を渡し、「これでお願いします、おつりはいりません」といつた。被告Cは料金メーターを倒さずに高知市内へ戻り、松竹ホテルに右包みを届けた。被告Cは右運賃九三〇円は会社に納入したが、残額一、〇七〇円はチツプとして自己において取得したところ、訴外会社は右料金以外の金員の取得をもつてタクシー料金の横領であるとして、これを理由に被告Cを懲戒解雇した。

そこで分会は右解雇の不当を主張し、解雇の撤回を求めて同年四月六日高知地方労働委員会に対してあつせんの申立をし、同委員会は右解雇につき再考を促したが、Eはこれに応ぜず、同月一五日原告F、同Gらを中心に原告らが分会を脱退し、第二組合を結成するとともに、訴外会社は地労委の前記要請を拒否した。

そのため分会は同年五月二日より被告Cの解雇撤回を求めて本件ストライキに入つた。

右ストライキが始まると、原告らは訴外会社の指示により会員高知市内の旅館に集まり、前記Kも同席のうえ、訴外会社の立入禁止仮処分申請の書類をEらとともに作成し、毎日訴外会社の指示によつて一定の時刻に職場に赴き、被告らに就労の意思を示し、その後は旅館に帰つたり、原告F、同Gの家で待機していた(なお原告らは本件スト終了後の最初の給料日である昭和四六年五月二五日訴外会社より貸与の名目で--但し弁済期の定めはない--、別紙損害額算定表記載の金員の支給をうけている)。

以上のとおり認められる。

(三)  右事実からすると、被告Cが横領したとされている一、〇〇〇余円の金員は、同被告に与えられたチツプと目すべきもので、それを取得したとしてもタクシー料金の横領と認めることはできないから、前記解雇はその理由を欠いており、結局前記解雇は、訴外会社において被告Cの組合活動を嫌悪し、分会長であることの故をもつて、同被告を職場から排除する目的でなした不当労働行為であるといわざるをえず、結局本件ストは、訴外会社が被告Cを不当に懲戒解雇し、地労委においても右解雇処分につき再考を促したにもかかわらず、これを聞き入れないで、懲戒解雇を強行したため発生したもので、訴外会社の不当労働行為に起因することが明らかであるから、一般のスト等の場合に比して、なお一層強い意味において使用者の責に帰すべき事由によるものといわざるをえない。したがつて訴外会社は民法五三六条二項により原告らに対し賃金支払義務を負うものというべきである。

以上民法五三六条二項の適用に当つては、当該ピケや一部ストが合法であるか違法であるかにはかかわりはない。危険負担の問題は、債権関係の目的である給付が不能となつた場合、それによる経済的不利益を債権者、債務者のいずれが負担するかの問題であるから、その給付不能をもたらした原因(本件ではスト組合員の行為)が違法であるか否かは、危険負担の問題とは関係がないからである。違法の場合には、使用者とスト組合員との間で損害賠償の問題がでてくるだけである。

四、以上の次第で、原告らは訴外会社に対し本件スト期間中の賃金請求権を有するから、原告らには損害はないというべきである。

よつて原告らの被告らに対する本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

別紙<省略>

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